大判例

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東京高等裁判所 昭和53年(ウ)839号 判決 1979年5月25日

申立人(債務者)

光家具工業株式会社

右代表者

谷内秀和

右代理人

伊達秋雄

外五名

被申立人(債権者)

関口機械株式会社

右代表者

富永覚男

右代理人

森英雄

外三名

主文

申立人及び被申立人間の前橋地方裁判所昭和四八年(ヨ)第八二号不動産仮処分申請事件について同裁判所が同年七月二四日なした仮処分決定は、申立人において金二、〇〇〇万円の保証を立てることを条件としてこれを取り消す。

訴訟費用は被申立人の負担とする。

この判決は、第一項にかぎり、仮に執行することができる。

事実

(申立)

申立代理人らは、「申立人及び被申立人間の前橋地方裁判所昭和四八年(ヨ)第八二号不動産仮処分申請事件について同裁判所が同年七月二四日なした仮処分決定はこれを取り消す。訴訟費用は被申立人の負担とする。」との判決並びに仮執行宣言を求め、被申立代理人らは、「本件申立を棄却する。訴訟費用は申立人の負担とする。」との判決を求めた。

(主張)

一  申立代理人らは、次のとおり述べた。

(一)  前橋地方裁判所は、被申立人の申請により、昭和四八年七月二四日同庁同年(ヨ)第八二号不動産仮処分事件について申立人に対し、別紙物件目録(一)ないし(三)記載の不動産(以下本件不動産という。)につき譲渡、質権、抵当権の設定その他一切の処分をしてはならない旨の仮処分決定をなし、被申立人は右仮処分決定の執行をした。

被申立人の右申請は、株式会社関口製作所が所有していた本件(一)及び(二)の不動産及び関口日出男が所有していた本件(三)の不動産を被申立人が無償で譲り受ける合意が成立していたにもかかわらず、右会社及び関口が昭和四八年七月九日申立人に対して本件各不動産を売り渡し、所有権移転登記を経由したので、被申立人が右会社及び関口に対して有する右各不動産についての所有権移転登記請求権は履行不能となり、これに代えて損害賠償を請求するほかないところ、右会社及び関口はいずれも無資力であり、他方、申立人は、本件不動産についての右売買契約が右会社及び関口の債権者を害することを知つてなしたものであるから、被申立人は債権者取消権を被保全権利として本件不動産の処分禁止の仮処分を求めるというにあつた。

(二)  ところで、被申立人は、前記仮処分決定後の昭和四八年八月申立人に対し、右債権者取消権に基づき、申立人と株式会社関口製作所及び関口日出男間において同年七月九日なされた本件不動産についての売買契約を取り消し、右不動産について申立人のためなされた所有権移転登記の抹消登記手続を求める本案訴訟を提起したが、前橋地方裁判所は昭和五三年三月三一日被申立人敗訴の判決を言い渡した。敗訴の理由は、被申立人主張の被申立人と右会社及び関口との間の本件不動産譲り受けの合意の存在が認められないとして債権者取消権の前提たる事実を否定したところにあり、被申立人は右判決に対して控訴を提起したが(東京高等裁判所昭和五三年(ネ)第一一二八号)、第一審裁判所は十分審理を遂げたうえで前記判断をしたものであつて、右判断が控訴審において取り消される余地は全くない。

よつて、本件仮処分決定は爾後に事情の変更が生じたものであるから、その取消を求めて本申立に及んだ。

(三)  かりに事情の変更が認められないとしても、次に述べるような特別の事情が存在するから、保証を条件として本件仮処分決定の取消を求める。

1 被申立人主張の被保全権利である債権者取消権によつて被申立人が保全しようとする権利の実質は、本件不動産についての所有権移転登記請求権の履行不能に代わる損害賠償請求権という金銭債権であり、右損害は金銭によつて十分補償しうるものである。

2 他方、申立人は、もともと本件不動産の隣接地に工場を有する家具製造販売会社であり、工場を拡張する目的をもつて、本件不動産(別紙物件目録(二)の建物は寄宿舎であり、同(一)及び(三)の土地はいずれも更地の未使用地である。)を株式会社関口製作所及び関口日出男から合計一億八、五〇〇万円で買受け、そのうちの約三分の二にあたる一億二、〇〇〇万円余を支払つた。申立人はこのような多額の金員を銀行融資によつて支払つたのにもかかわらず、その直後本件仮処分決定が執行されたため、申立人としてもやむなく被申立人を相手方として本件不動産につき占有移転禁止の仮処分決定(債務者たる被申立人の使用許可を伴う。)(前橋地方裁判所昭和四八年(ヨ)第九〇号)を得てこれを執行したが、以来今日まで五年間、申立人は本件不動産を買受目的たる工場として使用することも、担保物件として資金調達に利用することも、全く不可能な状態のまま経過した。このように、営利会社が高額な代金を支払つて買受けた不動産を資金調達のためにさえ利用し得ず、長期間手をこまねいていなければならないのは、明らかに著しい損害というべきである。

3 これに反して、被申立人は、前記仮処分の債務者として使用を許されながら、本件仮処分決定後も本件不動産を全く使用することなく放置してきたのみならず、昭和五〇年一一月二〇日及び同年一二月一〇日不渡手形を出し、銀行取引停止処分を受けて倒産し、以後その営業をすべて停止して現在にいたつている。

4 現在申立人は、不況による金融逼迫状態のもとで、本件不動産を資金調達のため担保物件として利用する緊急性に迫られており、その利用の可否如何は、申立人の営業遂行上極めて重要な問題となつており、本件仮処分により申立人の蒙る損害もその耐えうる限界に達しているのであり、以上のような申立人及び被申立人双方の状況に照らせば、申立人が本件仮処分の存続によつて蒙る損害は、仮処分を取り消すことによつて蒙る被申立人の不利益に比してはるかに大なるものであり、本件仮処分決定にはこれを取り消すべき特別事情があるものというべきである。

二  被申立代理人らは、次のとおり述べた。

(一)  申立人の主張につき、

1 (一)のうち、株式会社関口製作所及び関口日出男と被申立人との間の本件不動産譲渡契約が無償であることを否認し、その余を認める。

2 (二)のうち、第一審裁判所の判断が控訴審において取り消される余地がなく、したがつて本件仮処分決定は爾後に事情の変更が生じたことは争い、その余を認める。

3 (三)のうち、申立人の本件不動産の買受目的、代金額、買受資金の出所及び支払状況は不知。申立人の所在、業種、本件不動産の買受先が申立人主張のとおりであること、申立人から本件土地に対してその主張のとおりの仮処分決定の執行がなされたこと、被申立人が申立人主張のとおり不渡手形を出し、銀行取引停止処分を受けたことは認め、その余を争う。

4 (四)は争う。

(二)  本件仮処分の本案訴訟において被申立人敗訴の第一審判決が言い渡されても、それだけでは仮処分決定を取り消すべき事情変更があるとはいえない。

(三)  かりに、申立人主張の事実が認められるとしても、本件不動産は被申立人の総債権者のための担保となつているから、その利害を慎重に考慮すべきであり、また、申立人の主張を容れ、申立人に本件不動産の担保利用を許せば、本件土地の交換価値を無に帰せしめることになるのであるから、保証金の額は申立人の未払代金額及び時価を考慮して右危険を担保しうるよう定められるべきである。

(疏明)<略>

理由

一前橋地方裁判所が被申立人の申請により昭和四八年七月二四日本件不動産について申立人主張のとおりの仮処分決定をして、これが執行されたこと、右申請は、被申立人が株式会社関口機械製作所及び関口日出男から本件不動産の譲渡を受けたと主張し、申立人が右会社及び関口からこれを買い受けて所有権移転登記を経由したことについて、右売買契約が債権者詐害行為にあたるとして右詐害行為取消権を被保全権利として申立人に対し本件不動産の処分禁止の仮処分を求めたものであること及び被申立人が本件仮処分の本案訴訟として申立人に対し、前記売買契約の取消と本件不動産の所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴訟を提起したが、被申立人敗訴の第一審判決がなされたことは、当事者間に争いがない。

二申立人は、右のように仮処分の本案訴訟において仮処分債権者たる被申立人敗訴の第一審判決がなされた以上、右仮処分は事情変更による取消を免れないというが、本案訴訟において仮処分債権者敗訴の第一審判決がなされたからといつて、その一事だけから事情の変更があつたものということはできず、申立人の疏明によつても他に事情の変更があるとする事由を見出し難い。

三次に、申立人の特別事情による取消の可否について考えるに、本件仮処分は、申立人主張のとおり詐害行為取消権を被保全権利とするものであるところ、詐害行為取消権は、その取消によつて債務者のもとから離脱していた財産を原状に回復させ、総債権者のため金銭に換価して各債権者に分配することを目的とするものであるから、窮極的には金銭補償によつてその目的を達しうるものというべきである。

しかも、<証拠>によれば、申立人は、本件不動産の隣接地に家具製造工場を所有しており、本件不動産を工場、倉庫の敷地及び従業員宿舎として代金一億八、五〇〇万円(内金一億二、七〇〇万支払いずみ)で買い受けたものであるが、本件仮処分決定により本件不動産を使用することができず、そのため他に工場建物を借り受け、その賃料一か月五〇万円、倉庫借受の賃料として一か月二二〇万円の支払いを余儀なくされており、また、本件不動産を取得し得ず、現在融資の必要に迫られながら、他に担保物件がないために、営業上支障を来たしていること、他方、被申立人は、申立人が本件不動産につき被申立人を相手方としてなした占有移転禁止の仮処分において本件不動産の使用を許可されながら、これを殆んど利用することなく、殊に土地については荒れたまま放置していることが一応認められる。また、本件仮処分が取り消された後かりに申立人が本件不動産を処分したとしても、被申立人としては、本案訴訟に勝訴した場合には、詐害行為取消権に基づき、転得者に対して本件不動産の返還を求めれば足りるのであり、前記のように被申立人が本件不動産を殆んど使用していない事実を考慮すれば、本件仮処分の取消によつて被申立人の蒙る損害は、転得者に対する右返還訴訟を余儀なくされることによるものにとどまるものということができる(しかも、本件不動産については、所有権移転登記抹消登記請求訴訟提起に伴う予告登記がなされていると考えられるから、転得者の悪意の立証は比較的容易といえよう。)。

以上述べたところによれば、本件仮処分の存続によつて申立人の蒙る損害が著しいのにひきかえ、被申立人が本件仮処分の取消によつて蒙る損害は比較的軽微ということがきる。

四よつて、本件仮処分決定は、これを取り消すべき特別の事情があるものというべく、前述の事実関係に照らせば、申立人において金二、〇〇〇万円の保証を立てることを条件としてこれを取り消すのを相当と認め<中略>判決する。

(大内恒夫 森綱郎 新田圭一)

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